起業ストーリー① 株式会社イージス 代表取締役 吉岡忠編

こんにちは。
警備業で独立を目指す人財を育成するIMSグループで、株式会社イージスの代表を務めている吉岡忠です。

「いつかは自分の会社を持ちたい」
「社長になりたい。でも、経営経験も人脈もない」
「警備業で独立するには、何から始めればいいのだろう」
そんな思いを持っている方に向けて、今回は私自身が警備の世界に入り、起業を決意し、IMSグループと出会うまでの話をお伝えしたいと思います。

私は最初から社長を目指していたわけではありません。
警備の仕事に出会い、仲間に出会い、会社を立ち上げる現場を経験し、苦しい出来事も乗り越える中で、「自分で警備会社をつくる」と決めました。
これは、警備業で独立し、警備会社の社長になるまでの私の起業ストーリーです。

22歳、暇つぶしのつもりで入った警備の世界

私が警備の世界に足を踏み入れたのは、22歳の時でした。

当時は格闘技ジムでコーチをしていましたが、昼間の時間を持て余していて、「何かほかに仕事をしてみようかな」と求人誌をめくっていました。

そこで目に止まったのが、警備員の求人です。

当時の私が持っていた警備員のイメージは、駐車場の出入口にある警備員室で、駐車券を渡している年配の方。正直に言えば、「自分にもできそうだし、ラクそうだな」と思っていました。

長く続けるつもりもなく、軽い気持ちで応募の電話をしたのを覚えています。

ところが、採用されて新任研修に参加した初日、そのイメージはあっさり覆されました。

一緒に研修を受けていたのは、私と同年代か、それより若い人たちばかり。しかも、いかにも元気がありそうな若者ばかり(笑)。

研修が終わって現場に出るようになってからも、同世代の仲間が多く、すぐに意気投合しました。

「今日は誰と同じ現場だろう」
「次の現場も一緒になれたらいいな」

そんなふうに思える仲間ができたことで、警備の仕事が一気に楽しくなっていきました。

仲間との連携が、警備の仕事を面白くしてくれた

交通誘導警備、とくに複数人で担当する現場では、警備員同士の連携がとても重要です。

自分の誘導技術が未熟なままだと、隣で働く仲間にも迷惑をかけます。仕事を楽しく続けたいし、仲間にも迷惑をかけたくない。だからこそ、自然と「もっと上手くなろう」と思うようになりました。

連携がうまく取れている現場は、本当に気持ちがいいものです。

工事車両や一般車両、歩行者の流れを見ながら、仲間同士で声を掛け合う。現場全体がスムーズに回り、事故なく一日を終えられた時には、スポーツをした後のような心地よい疲れがありました。

仕事に慣れ、現場で信頼を得られるようになると、監督さんから声をかけていただくことも増えていきました。

「吉岡くん、会社に指名しておいたから、明日からもこの現場に来てね」

そんなふうに頼ってもらえると、やはり嬉しいものです。

「この現場を、事故なく無事にやり切ろう」 そう思いながら仕事をするうちに、最初はすぐに辞めるつもりだった警備の仕事に、私はすっかり熱中していました。

人を育てる楽しさを知り、仕事への向き合い方が変わった

その後、私は内勤業務に移り、新しく入社する方に警備員として必要な知識や技術を教える、新任教育を担当するようになりました。

この仕事は、私の性にとても合っていたと思います。

初めて警備の仕事をする方は、みなさん緊張しています。

「自分にできるだろうか」
「現場で失敗しないだろうか」
「怖い人ばかりだったらどうしよう」

そんな不安を抱えている方に対して、私は自分が現場で感じてきた楽しさや、仲間と連携する面白さを話していました。

すると、最初は表情が硬かった方も、少しずつ心を開いてくれるようになります。

研修の最終日に、

「吉岡さん、研修ありがとうございました。教えてもらったことを活かして、現場で頑張ります」

と言ってもらえた時の嬉しさは、今でも忘れられません。

残念ながら退職される方からも、わざわざ私宛に「お世話になりました」と手紙や電話をいただくことがありました。

人が成長していく姿を見られること。
自分が伝えたことが、誰かの仕事や人生の力になること。

コーチをしていた経験もあってか、人を育てることに大きなやりがいを感じるようになりました。

当時の私には、いつか世界一のボクシングジムをつくりたいという夢もありました。

歴史に残る名ボクサーを何人も育て、世界中から有望な選手が集まるジムをつくる。そんな夢を本気で持っていました。

けれど、警備業で人を育て、仲間と会社をつくっていく経験を重ねる中で、私の人生は少しずつ別の方向へ動き始めていたのです。

恩師と警備会社を立ち上げ、起業の現実を知った

ある日、当時勤めていた会社の取締役であり、年の離れた兄のような存在だった上司から、声をかけられました。

「俺は18歳の時に、北海道から上京して一旗上げるつもりでここまで来た。ずっと自分の会社を持つのが夢だった。今がその時だ。これから警備会社をつくる。吉岡君、一緒に来ないか」

「新しい会社をつくる」

その言葉に、私は強いロマンを感じました。

迷いはありませんでした。二つ返事で「行きます」と答えました。

そして2015年5月、私は長く勤めた警備会社を辞め、東京都町田市で新たに立ち上がる警備会社、株式会社イージスの立ち上げメンバーとして加わりました。

事務所はすでに借りてありましたが、そこには机も、パソコンも、電話もありません。

事務用品をそろえ、必要な書類をつくり、顧客を獲得するためのDMを考え、ホームページをつくり、隊員さんを集めるための求人原稿を書く。

会社を立ち上げるというのは、華やかなことばかりではありません。

むしろ、目の前にある細かな仕事を一つひとつ片付けていくことの連続でした。

それでも毎日が新鮮で、夢中でした。

社長と一緒に、「イージスをどんな会社にしたいか」「みんなが楽しく働ける警備会社にするにはどうすればいいか」を何度も語り合いました。

その頃の私は、いつか世界一のボクシングジムをつくるという夢よりも、

「イージスを、日本一の警備会社にする」 という夢に、本気で向き合うようになっていました。

終わりは、あまりにも突然にやってきた

警備業の認定も下り、少しずつ隊員さんやお客様が集まり始めた頃のことです。

毎朝早く出社している社長が、その日に限って会社に来ませんでした。

携帯電話にも、自宅の電話にも出ない。

「何かあったのかもしれない……」

そう思い始めた矢先、会社の電話が鳴りました。

社長の奥様からでした。

前日に社長が救急搬送され、集中治療室にいるという知らせ。

病院へ向かい、奥様やご家族から状況を聞き、面会をさせていただきました。

その時の衝撃は、今でも言葉にしきれません。

数日後、社長は意識を取り戻すことなく亡くなりました。

一緒に夢を語り、一緒に会社をつくってきた人が、突然いなくなってしまった。

「イージスを日本一の警備会社にする」

そう言い合っていた日々を思い出し、私は声をあげて泣きました。

会社を閉じる決断から、経営の責任を知った

社長が亡くなった後、残されたイージスをどうするかを決めなければなりませんでした。

奥様からは、

「できれば吉岡さんが、そのまま継いでください」

と言っていただきました。

ですが、会社経営について、当時の私は完全な素人。

事務所の家賃も決して小さな負担ではありません。

会社を続けるということは、働くメンバー、現場の隊員さん、お客様、そしてその先にある生活まで背負うということです。

感情だけで「引き継ぎます」と答えることはできません。

何度も悩み、葛藤し、最終的に私は会社を閉じる決断をしました。

2015年9月のことです。

社長の葬儀を終えた後、約2か月間、私は会社の清算のために事務所に通い続けました。

当時のことを思い返すと、頭に浮かぶ言葉があります。

「敗戦処理」

自嘲的ですが、まさにそんな気持ちでした。

正直、その時期の記憶はあまり残っていません。

知り合いの警備会社の社長からお誘いをいただくこともありましたが、気持ちは動きませんでした。

ただ、心のどこかには、社長の奥様から言われた「吉岡さんが継いでください」という言葉が残り続けていたのだと思います。

「俺、やる」――自分で起業することを決めた日

会社の清算を終えた後、私は少し立ち止まりました。

それまで嵐のように過ぎていった毎日が、急に静かになったような時間でした。

その時間を、「エネルギーを充電するために神様がくれた時間だ」と勝手に決めつけて、日本各地の神社仏閣を巡っていました(笑)。

そんなある日、ふらりと立ち寄った書店で、一冊の本が目に留まりました。

『ゼロからのJクラブの作り方』

元Jリーガーの望月重良さんが、経営の知識がないところからSC相模原というJクラブを立ち上げ、経営していくまでの経験を書いた本です。

読み始めると、どんどん引き込まれました。

「経営の知識がなくても、ここまでやれる人がいるんだ」

そう思うと同時に、心の奥にあった思いが、一気に形になりました。

「俺、やる」

自分で警備会社をつくろう。

そう決めました。

もちろん、軽い気持ちで決めたわけではありません。

起業にはお金がかかる。借金をするかもしれない。失敗すれば、全てを失うかもしれない。 それでも、自分の人生をかけて挑戦したいと思いました。

自己資金1000万円を賭けて、警備会社をつくる覚悟

警備会社を起業するには、どのくらいのお金が必要なのか。

調べてみると、最低でも500万円ほどは必要だと考えました。

ただし、「最低でも」です。

起業してすぐに全てがうまくいくとは限りません。思うように売上が立たない時期もあるかもしれない。採用や営業に想定以上の費用がかかるかもしれない。

そう考えると、もう少し余裕を持った資金が必要だと思いました。

目標は1000万円。

当時の私は、もともとボクシングジムをつくる夢のために貯金をしていたこともあり、その1000万円を用意できる状態でした。

その全額を、自分の会社をつくるための資金に注ぎ込む。

失敗すれば、全てを失うかもしれない。

それでも、私はやると決めていました。

会社名も、恩師の遺志を継ぐ思いから「株式会社イージス」にすると決めていました。

だからこそ、「絶対に成功しなければならない」と必死でした。

経営や起業について、本やインターネットで読み漁る毎日が始まりました。

すると不思議なことに、かつて一緒に働いていた仲間から、少しずつ連絡が来るようになりました。

「吉岡さん、今は何をしているんですか?」
「何か始めるなら、声をかけてください」

本当にありがたかったです。

仲間がついてきてくれるかもしれない。そう思うと、なおさら失敗するわけにはいきませんでした。

成功する確率を1%でも上げる。
失敗する確率を1%でも下げる。

そのために、私はさらに必死で勉強しました。

「警備会社 起業 成功」で検索して、IMSに出会った

起業について調べる中で、私はふと思いました。

「起業」や「経営」という大きな言葉で調べるよりも、もっと絞ったほうがいいのではないか。

そこで検索したのが、

「警備会社 起業」
「警備会社 経営」
「警備会社 起業 成功」

というキーワードでした。

検索結果には、警備会社を起業する手続きや必要な資格を解説するページが多く出てきました。

もちろん参考にはなります。

ただ、私が知りたかったのは、単に会社を設立する方法だけではありませんでした。

「警備会社をつくった後、どうすれば成功できるのか」
「経営経験がない人間が、本当に会社を続けていけるのか」
「同じように独立し、社長になった人はいるのか」

そんな答えを探していた時に出会ったのが、株式会社IMSでした。

IMSのホームページには、独立を目指す人を応援する考え方や、実際にグループ内で会社を経営している人たちの存在が紹介されていました。

中でも印象に残ったのが、「未来のIMSビル」のイメージです。

それを見た時、理屈より先に、ただ純粋にこう思いました。

「いいなぁ」

会社の先にある未来を、本気で描いている人たちがいる。

その熱量に、胸が熱くなりました。

思い立ったが吉日です。

私はすぐにIMSへ電話をかけました。

「ホームページを見て電話しました。ぜひ代表の方に、お話を聞きに伺いたいのですが」

すると、

「それなら明日、来られますか?」

と返事をいただきました。

もちろん、即答で「はい」と答えました。

スカイツリーを見上げながら、もう一度「成功する」と誓った

翌日、東京都墨田区にあるIMSへ向かいました。

代表の方とお話をし、そこから居酒屋へ移動して、気がつけば6時間ほど、起業や経営、そしてIMSが目指す未来について語り合っていました。

そこで私は、自分がなぜ独立を決意したのか、なぜ警備会社をつくりたいのかを話しました。

代表からは、IMSがこれまでどのように成長してきたのか、これからどこを目指していくのか「IMSの夢を」を聞かせてもらいました。

話を聞いて、大きな刺激を受けました。

そして最後に、代表からこう言われました。

「我々IMSは、全国制覇という夢を実現しようとしている。そのためには、苦楽を共にする仲間が必要だ。どうだい? 我々のグループと一緒にやらないか?」

もう私の答えは決まっていました。

「やります!」

2016年3月24日。

IMSとの出会いは、自分で起業すると決めた一方で、不安も抱えていた私にとって、大きな光でした。

その日、熱く語り合った余韻に浸りながら、隅田公園の桜と夜空にそびえるスカイツリーを見上げました。

そして、改めて心に誓いました。

「必ず成功するんだ」

IMSグループで社長になるという選択

IMSグループに加わると決めた後、私は生まれ育った街、横浜で事務所を開き、仲間を集め、お客様を集め、創業者として株式会社イージスを立ち上げていくことになりました。

全てが初めての経験です。

営業をする。
売上をつくる。
請求書を出す。
給料を払う。
資金繰りをする。

経営者としての仕事は想像していた以上に多く、簡単なことは一つもありませんでした。

ただ、一人きりで全てを抱え込むのではなく、IMSグループには、同じように会社を経営する仲間や、先に経営の経験を積んできた人たちがいました。

経営者として最終的な責任を負うのは自分です。

だからこそ、甘い世界ではありません。

それでも、困った時に相談できる人がいること。先に挑戦してきた仲間の経験から学べること。自分の夢を理解し、応援してくれる人たちがいること。

それは、独立を目指す私にとって、大きな力になりました。

警備業で独立し、社長を目指す人へ

警備業で独立し、警備会社の経営者になる。

ワクワクすると同時に、不安も大きいです。
私は最初から経営の知識があったわけでもありませんでしたので、大きな不安としてまず目の前にやってきたのが資金繰りです。

お金は出るのが先で、入ってくるのが後。

事業では当たり前のことですが、経営を始めてまずその現実を思い知りました。

数字上は黒字でも、資金がショートしてしまえば会社は倒産します。
ですから自己資金を用意していたとはいえ、常に最悪の場合を想定しながら日々仕事をしていました。

エンジェル制度という独自の取り組み

一方で、不安というのは行動の妨げになります。

「“不安の9割は起こらない”」という言葉もある通り、実際のところ殆どが取り越し苦労であることは、私の経験からも断言できます。

ならば払拭できる不安は払拭しておいた方が良い。

「警備会社を作るといってもお金が必要なんじゃないか」、「資金繰りで困るんじゃないか」という不安は、IMSのエンジェル制度が払拭してくれます。

株主を自らが選び、出資をしてもらう。

もちろん甘え過ぎてはいけませんが、この制度によって大きな安心感を得られます。

▶株式会社IMSグループの独立支援制度についてはこちら

悔いのない人生を送ろう!!

大切なのは、最初から完璧であることではないと思います。

「自分の会社を持ちたい」
「仲間と一緒に大きなことを成し遂げたい」
「社長になって、自分の人生を変えたい」

そんな熱い思いがあるなら、その思いを行動に変えてほしい。

IMSグループには、警備業で独立し、社長を目指す人の挑戦を応援する土台があります。

もちろん、楽な道ではありません。

ですが、夢に向かって進んでいるなら、苦しい経験にも意味を見いだせます。

我々が目指すゴールは、まだまだ先です。

だからこそ、面白い。
だからこそ、やりがいがある。

独立や起業、そして社長になることに少しでも興味がある方は、ぜひ一度、IMSグループの考え方や独立支援について知ってください。

あなたと一緒に、新しい警備会社の未来をつくれる日を楽しみにしています。


こちらのページも是非ご覧ください