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起業ストーリー① 株式会社イージス 代表取締役 吉岡忠編
こんにちは!
警備業で独立を目指す人財を育成する、株式会社IMSの吉岡です!!

今回は私が警備業にて独立を決意し、どのような経緯でIMSグループに入ったかというお話をしたいと思います。
当ホームページをご覧いただいているなかには警備業での独立に興味がおありの方もいる筈。
そのような方に少しでも参考になれば、そしてほんの少しでも、勇気を持って貰えたらと思います。
警備の世界に入ったきっかけ
私が警備の世界に足を踏み入れたのは22歳の時。
それまでは格闘技のジムでコーチをしていたのですが、昼間は時間を持て余していたので何か他に仕事してみよう、と求人誌(←時代感ありますねw)をめくったら、すぐに『警備員』の仕事が目に止まりました。
当時の私の『警備員』のイメージは、引退後のお小遣い稼ぎとして年輩の方が駐車場の出入口などで四角い箱(警備員室)のなかで駐車券を渡したりしている人、、、というものでした。
だからまぁ、自分にも出来そうな、ぶっちゃけラクそうな仕事だなと思い軽い気持ちで応募の電話をしてみました。
暇つぶしで探した仕事ですから、長く続けようなんて思ってなかったのでモチベーションはそんなものでした。
しかし面接を受け、採用されての新任研修初日、私の抱いていたイメージはアッサリと覆されました。
警備の仕事の楽しさを覚える
一緒に研修を受けていたのが10人くらいだったのですが、なんと殆どが私と同じか年下の若者ばっかりだったのです!!(しかもヤンキーっぽい連中ばっかり笑)
まぁ、研修の2日目には5人くらいに減っていましたが(警備会社あるある)、私が入社した会社は若い人が多かったんですね。
だから研修を終えて現場に出始めた後も同世代が多かったので、意気投合して友達も出来、彼らと一緒の現場になったりするのがメチャクチャ嬉しかったし楽しかった!
いい意味で入社前のイメージを裏切られて良かったですね。
そんなこんなで仲良くなる人が増えてくると仕事の面にも良い影響が出ます。
交通誘導の仕事、中でも複数人数の現場では警備員同士の連携がとても大切なので、誘導技術が未熟なままだと相手にも迷惑掛けます。仕事は楽しくしたいですから、仲間に迷惑掛けまいと誘導技術が向上するのです。
連携が上手に取れている交通誘導の現場というのは楽しいし何より疲労が少ない。その疲労もスポーツをした後のような心地よい疲れ。
友達も出来、誘導も上手になってゆくと現場の監督さんからも頼られるようになってきます。
「吉岡くん、会社に指名しておいたから明日からずっと現場来てね」
なんて言われるとやはり嬉しいし、やりがいも出てきます。
「この現場を事故無く、無事にやり切ろう!」と。
これが繰り返され結局、すぐ辞めようなんて思っていた筈が、いつの間にか警備の仕事に熱中していました。
この業界で長く勤めて警備員から内勤になったり出世してゆく人はこういうパターンが多いですね。
私も例に漏れず内勤になり、入社してくる人達に警備員になる為の新任教育を担当するようになりました。
育成の楽しさと責任
新任教育は楽しかったです。
初めて警備の仕事をする人は、メチャクチャ緊張しています。そういう人には自分の楽しかった現場経験を話す。
するとみるみるうちに緊張が解けて、彼らの方から色々と自分の事を話してくれる。
そして新任研修の最終日に
「吉岡さん、研修どうもありがとうございました!教えて貰ったことを活かして、これから現場で一所懸命頑張ります!!」
なんて言ってくれる。
残念ながら辞めてゆく人たちからも、わざわざ私宛てに「お世話になりました!」という手紙や電話をもらったり。
そんな事もあり、内勤は内勤で楽しかったです。コーチの経験がメチャクチャ活きました。
さてこの時代、私がどんな夢を持っていたかというと、
『歴史に残る名ボクサーを何人も育てて世界一のコーチになって世界中から有望なボクサーが集まってくる世界一のボクシングジムを作りたい!!』
でした。
警備業で生きていく決意
ですから仕事は楽しかったけど、そのまま警備会社で働いて出世してゆこう、なんて露ほどにも思っていませんでした。
しかしそんなある日、その会社の取締役であり年の離れた兄のような存在であった上司から、
「俺は18歳の時に『上京して一旗上げてやる!』と北海道から出てきてここまで来た…夢は自分の会社を持つことだったんだ。今がその時。これから警備会社を創る。吉岡君、一緒に付いてこないか!!」
とお誘いを頂きました。
『新しい会社を創る』
という言葉の響きにロマンを感じ、二つ返事で快諾しました。
そして2015年5月、長年勤めていた警備会社を辞め、尊敬する上司が起業した東京都町田市の警備会社に入社しました。
その名も・・・『株式会社イージス』!!
2015年の5月より、東京都町田市にて私の恩師が社長の警備会社『株式会社イージス』を設立し、私も最初期メンバーとして希望に満ち溢れた船出をしました。
『みんなが楽しく働けるような警備会社を創ろう!』
警備会社を立ち上げる
ゼロからの出発。事務所は既に借りている状態でしたが机もPCも電話も全くない状態からなので、事務用品を買い揃えるところからのスタート。
暫くは毎日9時間前に出勤して事務用品をあれこれ選びながらネットで注文したり会社近くの中古事務用品屋さんに足を運ぶ毎日。
そして夕方5時になると社長が
「よし!飲みに行こう!!」
と毎日町田駅周辺で飲み歩き、「イージスをこんな会社にしましょう!」と夢を語り合っていました。
ある程度事務用品が揃い始めると今度は必要書類を作成したり顧客を獲得する為のDMを作ったり会社のHPを作ったり、そして何より重要な隊員さんを集める為の募集広告用の原稿を作ったり。
この時に警備会社を起業する為にどんな事が必要かを多く学ぶ事が出来ました。
但し、金銭の事以外。
資本金は全額社長が出資していたのでお金の事は私からは見えなかったのですが、後に自分が起業する段になって
「あ~、あの時社長はいつもニコニコしていたけど、色々と気苦労があったんだろうな」
と思い知る事になります。
当時は「コレ買いましょうアレ買いましょう」と好き放題言ってました(反省)
とても優しい社長で、毎日居酒屋で熱く夢を語り合っていました。
だから私も全力を注ぐために、その時に『世界一のボクシングジムを創る!』という夢は反故にして、『イージスを日本一の警備会社にする!』という夢に切り替えました。
終わりは唐突にやってくる
警備業の認定も下り、隊員さんも顧客も徐々に集まり始めたある日。
毎朝9時前には出社している社長が会社に来ていません。携帯や家の電話に連絡しても電話に出ず。
「何かあったのかな…?」と胸がザワついてきました。
他のメンバーに「ちょっと社長の家まで行ってくる」と会社を出ようとした矢先、会社の電話が鳴りました。
社長の奥様からの電話との事だったので私が代わり、
「吉岡さんですか?すみません。主人が昨日、喀血して救急車で運ばれたのです。」
嫌な予感はしていましたが、眼の前の風景から色が消えました…そして直ぐに病院の場所を聞き、直行。
病院に着いたら奥様と息子さん、社長のお姉様が居て、心配であろうなか気丈に状況を話してくれました。
静脈が破裂しており、現在集中治療室に居ると。
その後、家族でもない私を「同席して下さい」と奥様が招いてくれ、お医者さんの許諾も得、呼吸維持装置を着けた社長に面会しました。
シーツは血で赤く染まり、意識も無い痛々しい社長の姿を見て呆然とするばかり。
奥様が社長の手を握り「吉岡さんが来てくれたよ」と話し掛けています。
「何か声を掛けてあげて下さい」と促され、私も話し掛けました。かなりショックだったので何て話し掛けたかは覚えていません。
『イージス』を引き継ぐ!?
それから数日後、意識が戻ることなく社長は亡くなりました。
すぐに奥様が連絡をくれ、世田谷の病院まで車を飛ばして霊安室へ。
亡くなった社長の顔を拝んだ時に毎晩語りあっていた夢の話を思い出し、胸を締め付けられる感覚になって声を出して大泣きしました。
「イージスを日本一の警備会社にする!」って一緒に言っていたのに・・・
そして社長が創り、遺されたイージスをどうするか。
時間は待ってくれないので悲嘆に暮れている暇も無く、決めるしかありません。
奥様は「出来れば吉岡さんがそのまま継いで下さい」と言ってはくれましたが、会社の経営となると私はド素人であり、事務所も家賃が高い場所を借りていたので、リスクが高いという判断はしていました。
かといって会社を閉じたら入社した他のメンバー、隊員さん、お客さんはどうするのか・・・
しかし葛藤、逡巡の末、結局会社を閉じる決断をしました。
メチャクチャ悔しかったですが。
2015年9月の出来事です。
敗戦処理の日々
社長の葬儀が終わり、それからの2カ月間はイージスを清算する為に会社に通う日々。
『敗戦処理』
そんな自嘲的な言葉が頭の中で踊っていた事を思い出します。
正直、この時期の記憶は殆ど無いんです。
会社を閉じて、その後何をしようかも余り考えてなかったような気がします。
知り合いの警備会社の社長からお誘いも受けましたが、気持ちは全く動きませんでした。
ただ、心が空白になってフワフワしていたような記憶が・・・ちょっとヤバい状態だったんじゃないかと(笑)
なんとか会社の清算が終わりましたが、新しい仕事を探してすらいなかったので完全な無職状態。
それまでの嵐のような毎日が急に凪ぎ、ぽっかりと時間だけができました。
私はその時間を「エネルギー充電の為に神様が与えて下さった時間」と決めつけ、日本各地の様々な神社仏閣を巡りまくることにしました。
・・・かなりヤバい状態(笑)
そんなある日、フラリと立ち寄った書店で一冊の本が目に止まりました。
『ゼロからのJクラブの作り方』
望月重良さんという元Jリーガーが、経営の知識ゼロからSC相模原というJクラブを作り上げ、経営されるまでの経験が書かれている本です。
(亡くなった社長の奥様が「吉岡さんがイージスを継いで下さい」といって下さった時に私の心に種が蒔かれ、この時すでに『自分で会社を興してみよう』という気持ちが芽生えていたのでしょう。だからこの本が目に止まったのだと思います)
速攻で買って家で読みました。
「経営の知識ゼロから出発してもこんなに立派にクラブ経営している人が居るんだ・・・」
読んでる途中から気持ちが昂り、読了するなり決意しました。
「俺、やる」
起業を決意
そんな感じで「自分で警備会社を作ろう!!」と決心した訳です。
もちろん、安直に決めた訳ではありません。
自分で起業するとなれば資金も用意せねばならない、借金もしなければならない、その上失敗・倒産したら・・・と、いう事も頭に入れた上での決心でした。
会社を興すとなれば事業資金が必要です。
ですから警備会社を起業するには幾らくらいのお金が必要なのかを調べました。
結果、最低でも500万円は必要だな・・・という事がわかりました。・・最低でも。
500万円という大金を、当時の私は・・・
・・・持っていました!!(ドヤ)
もともと「自分のボクシングジムを作りたい」という夢を持っていたので、お金は貯めていたのです。
しかし"最低でも500万"ですから、当然最初から上手く行かない事も想定し、もうすこし余裕を持った資金を用意しなければいけないとも考えていました。
倍くらいの資金=1000万円くらいは。
いっせんまんえん。
大金です。流石にそこまでの大金、当時の私は・・・
・・・持ってました!!(ドヤ)
はい。
1000万円、私個人の資金を資本金として事業に注ぎ込むと決めていました。
失敗したらすべて失う事も考えて。
しかも会社の名前はこの時すでに恩師の遺志を継ぐ想いもあり『株式会社イージス』にすると決めていたので、もう「絶対に成功しなければ!!」と必死です。
決めたとなれば後は起業に向けて動き出すだけ・・・!
それからは経営に関する勉強をする日々。本やネットで起業・経営に関する事を読み漁りました。
そうして起業に向けて動いているうちに、不思議な事に町田の『イージス』の前に私が勤めていた警備会社のかつての仲間たちから
「吉岡さん、いまどうしてるんですか?・・もし、何かを始めるのなら声掛けてください!」
という連絡が複数来るようになりました。
有り難さを噛みしめながら、「その時は声掛けさせてもらうよ」と返事をしました。
そんな仲間が付いて来てくれるのならば、なおさら失敗する訳にゆきません。
成功させる確率を1%でも上げ、失敗する確率を1%でも下げなければ!!と、更に必死になって勉強しました。
そのときにふと思ったのです。
・・・それまでは『起業』とか『経営』とか大きなキーワードで広範囲に調べていたけど、『警備会社』の『起業』『経営』に的を絞って調べた方が効率が良いのではないかと。
さっそく『警備会社・起業』とキーワード検索してみると、司法書士事務所が警備会社起業の流れについて解説しているものが多く出てきました。
・・・うーん、参考になるけど俺が知りたいのってこういう事じゃないんだよなぁ。
はっ!
俺は起業して成功させる確率を上げる為に調べているのだから、キーワードに『成功』を付け加えてみよう。
株式会社IMSとの出会い
『警備会社』『起業』『成功』とキーワードを入れると、株式会社IMSという警備会社のホームページが出てきました。
早速開いてみると独立を推奨している会社で、実際に子会社が沢山あり、社長も沢山いる警備会社のようです。
IMSのそれまでの歩みと、警備会社起業までの流れが詳細に説明してあり、何より目を引かれたのはそこに載っていた『未来のIMSビル』という絵です。



この絵を見て、ただただ純粋に
「いいなぁ」
と思って胸が熱くなりました。
思い立ったが吉日。早速電話を掛けます。
私「HPを見て電話しました。是非とも代表の方にお話を聞きに伺いたいのですが」
IMS(男性)「そうなんですね・・・わかりました。それなら明日どうですか?」
との答え。
私「はい!ありがとうございます!!では明日、伺います!!」
翌日、ドキドキしながら東京都墨田区にある株式会社IMSに向かいました。
スカイツリーを見上げながら
"いかにもなオーラを纏った"代表の方が対応してくれ、会社で少しお話してから居酒屋へ移動。そこで私は独立を決意するに至った経緯をお話しし、"いかにもなオーラを纏った"代表はIMSがどうやって法人として成長してきたか、そして何処を目指しているかを説明してくれました。夢を語ってくれたんですね。
それを聞いて心が昂り、大いに感銘を受けた事をいまでも覚えています(気づいたら6時間が経過しておりました)。
そこで"いかにもなオーラを纏った"代表からとどめの一言。
「我々IMSは全国制覇という夢を実現しようとしている。その為には苦楽を共にする仲間が必要だ。どうだい?我々のグループと一緒にやらないか?」

即答で
「やります!!」と返事をし、握手を交わしました。
2016年3月24日。
IMSとの出会いは「起業する!」の決意したものの、不安を抱えていた最中で出会った光明でした。
代表たちと別れ、熱く語りあった余韻に浸りながら隅田公園の満開の桜と夜空に聳え立つスカイツリーを見ながら、
「必ず成功するんだ」
と改めて誓いました。
『成功する』と決めたなら、そこから行動あるのみ。
横浜で事務所を開き、仲間たちを集め、顧客を集める。売り上げを立てる。請求書を出す。給料を払う。資金繰りをする。
全てが初めての経験で、大変な事ばかり。
しかし全てが経営者としての勉強です。
辛いこと苦しいことも沢山経験しましたが、そんなときにはIMSの仲間の存在の大切さが身に沁みました。
経営者として経験を積んでゆく中で解かったこと。
夢に向かって進んでいるならば、どんなに苦しい経験にも有難みを感じられ、意味を見出せるということ。
我々の目指すゴールはまだまだ遥か先ですが、だからこそやりがいを感じます。
起業・独立に興味をお持ちの方はもちろん、ドラマのような、刺激に満ちた我々の楽しい旅路に少しでも興味を持っていただけたら幸いです。
こんな長文のブログ最後まで読んでくれる人希少だとは思いますが、お付き合い頂きどうもありがとうございました!
おわり!!