公共事業予算は増える?いま議論される「社会的割引率」とは

道路、橋、堤防、上下水道などの公共事業は、完成した年だけでなく、その後何十年にもわたって私たちの生活を支えます。

ところが、公共事業の必要性を評価するときには、将来得られる効果を、そのままの金額では計算しません。「社会的割引率」という数字を使い、現在の価値に置き直します。

この社会的割引率について、国が見直しの議論を始めています。

※建設業界紙でも報じられています。
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割引率が変われば、道路や堤防などの評価はどう変わるのでしょうか。そして、公共事業予算は増えるのでしょうか。

先に結論を示すと、社会的割引率を見直しただけで、公共事業予算が自動的に増えるわけではありません。

ただし、将来にわたって効果を発揮する事業の評価が変わり、事業の採択や優先順位に影響する可能性があります。

社会的割引率とは何か

社会的割引率とは、公共事業によって将来発生する費用や便益を「現在の価値」に換算するための率です。

ここでいう便益とは、事業によって社会が得る効果を金額に置き換えたものです。

道路であれば、移動時間の短縮、走行経費の減少、交通事故の減少などがあります。堤防や河川整備であれば、洪水被害の軽減などが該当します。

社会的割引率は、銀行から資金を借りるときの金利でも、建設会社の利益率でもありません。公共事業の費用と効果を、同じ時点の価値にそろえて比較するための計算上の数字です。

50年後の100億円は、現在いくらになるのか

分かりやすくするため、50年後に100億円の効果が一度だけ発生するという、単純化した例で考えてみます。

50年後の100億円を社会的割引率4%・2%・1%で現在価値に換算した比較
  • 社会的割引率4%:現在価値は約14億円
  • 社会的割引率2%:現在価値は約37億円
  • 社会的割引率1%:現在価値は約61億円

同じ50年後の100億円でも、割引率によって現在の評価は大きく変わります。

割引率が高いほど、遠い将来の効果は小さく評価されます。反対に、割引率が低いほど、将来世代が受ける効果を現在の評価に残しやすくなります。

実際の公共事業では、毎年発生する便益、建設費、維持管理費、更新費などを評価期間にわたって計算します。この例だけで事業評価が決まるわけではありませんが、割引率の影響を理解するには分かりやすいでしょう。

なぜ現在は4%なのか

国土交通省の「公共事業評価の費用便益分析に関する技術指針」では、社会的割引率について、全事業で当面4%を適用するとしています。

この4%は、2004年に技術指針が作られた際、当時までの国債などの実質利回りを参考に設定されたものです。

一方、同指針では、比較のための参考値として1%と2%も示されています。現在の事業評価では、4%の結果だけを見るのではなく、複数の割引率による結果を併記する取組も進められています。

なぜ2026年に見直しが議論されているのか

4%が設定されてから20年以上が経過し、実質金利や物価をめぐる環境は変化しました。

2026年7月に閣議決定された「骨太方針2026」では、公共事業評価を費用便益比だけに過度に依存しない総合評価へ見直すことと、近年の金利状況などを踏まえて社会的割引率を見直すことが示されました。

国土交通省の委員会でも、防災・減災、インフラの予防保全、地域の強靱化など、効果が長期間にわたって現れる事業を適切に評価できているかが論点になっています。

例えば、堤防の強化によって大きな被害を防ぐ効果は、工事直後に毎年目に見えるものではありません。しかし、将来大きな災害が発生したときには、地域の生命や生活、企業活動を守ります。

古い前提のまま遠い将来の効果を大きく割り引くと、こうした事業の価値を十分に評価できないのではないか、という問題意識です。

社会的割引率が下がれば、公共事業予算は増えるのか

ここは分けて考える必要があります。

社会的割引率を下げると、長期にわたって便益を生む事業は、現在より高く評価されやすくなります。その結果、これまで費用便益比が低かった事業の評価が改善し、採択や優先順位に影響する可能性はあります。

しかし、事業評価が改善したからといって、予算が自動的に付くわけではありません。

公共事業予算は、国や自治体の財政状況、政策上の優先順位、個別事業の必要性、施工体制、資材価格、地域の合意など、さまざまな要素を踏まえて決まります。

国土交通省の2026年の検討資料でも、社会的割引率の見直しだけで公共事業予算額が自動的に増えるわけではないことが明確に整理されています。

したがって、現時点で「割引率が下がるから公共工事が一気に増える」と判断するのは早計です。

正確には、将来効果の大きい事業を、これまでより適切に評価するための物差しを見直していると考えるべきでしょう。

割引率を下げれば、すべて正しくなるわけではない

割引率は、将来の便益だけでなく、将来発生する維持管理費や更新費にも使われます。そのため、割引率を下げれば、将来の費用も現在価値として大きくなります。

また、社会的割引率を何%にするかだけで、公共事業の必要性を判断することもできません。

  • 将来の人口や交通量をどう予測するか
  • 災害の発生確率をどう考えるか
  • 地域の暮らしや産業にどのような効果があるか
  • 貨幣に換算しにくい安心や地域維持をどう評価するか
  • 建設後の維持管理を継続できるか

こうした前提によっても評価は変わります。

割引率を下げること自体が目的ではなく、将来世代が受ける効果と負担を、より納得できる形で比較することが本来の目的です。

建設業・警備業にはどのような関係があるのか

社会的割引率が変わっても、警備会社の受注や警備料金が直接変わるわけではありません。

ただし、道路、河川、防災、維持管理などの事業評価や優先順位が変われば、中長期的には建設需要にも影響する可能性があります。建設需要が変われば、交通誘導警備の需要にもつながります。

一方で、事業が評価され予算が確保されても、工事を担う技術者、技能者、交通誘導警備員を確保できなければ、計画どおりには進みません。

公共投資を持続的に進めるには、事業の評価方法だけでなく、適正な労務費、価格転嫁、人財の育成、施工と警備の供給体制まで一緒に考える必要があります。

警備業で独立を考える人にとっても、「予算が増えそうだから仕事が増える」と短期的に考えるのではなく、どの地域で、どのようなインフラ投資が必要とされ、その仕事を安定して支えられる会社をどうつくるかという視点が重要です。

将来の安全を、現在の私たちはどう評価するのか

社会的割引率は、一見すると専門家だけの難しい数字に見えます。

しかし、その根底にあるのは、数十年後の安全や利便性に、現在の私たちがどれだけの価値を認めるかという問題です。

割引率が高過ぎれば、将来の効果が小さく見える可能性があります。低過ぎれば、将来の不確実な効果を大きく見積もる可能性があります。

だからこそ、一つの数字だけで結論を出すのではなく、複数の条件による計算と、金額に換算しにくい効果を含めた総合的な説明が必要です。

社会的割引率の見直しは、単に公共事業を増やすための議論ではありません。どのような社会基盤を将来世代に残すのか、その判断に使う物差しを見直す議論です。

今後、割引率が何%になるかだけでなく、道路、防災、維持管理、地域の暮らしが、公共事業評価の中でどのように説明されるようになるのかにも注目したいと思います。


参考資料

※この記事は、2026年10月17日時点で公表されている資料を基に、公共事業評価の考え方を一般向けに説明したものです。社会的割引率の見直し内容や適用時期は、今後の検討によって変わる可能性があります。

執筆・監修:株式会社IMS 榎本 恒