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人間と畜生との間

篠田 龍希

私は聖人君子とはまったく別の人間です。人並み以上にいろいろな欲はありますし、我執も強い性格だと自分自身で思っています。
ただし、これもまた多くの人がそうでしょうが、そんな自分のことは、実際のところ、決して好きではありません。そのうえでいわせてもらえば、結局、人間というのはその程度のもの―つまり、悪いところ、目を背けたくなるところを持ちながら、同時に善良な部分、良い部分や惹かれるところが同居しているのです。
では「お前はどうなんだ」と聞かれたときに、「自分は」とはっきりいえるところがあるとすれば、それは我欲が強いだけに
「絶対に黒い感情には引き込まれない!」
とやせ我慢をしているところでしょう。
いつもそれだけにはこだわっているつもりなのです。
IMSグループは「警備という仕事を介して、自身の人格・能力の向上に日々努め、仲間を大切にできる心を育む」という社訓を掲げています。人間には欲望や怒りの感情があることは当然。
しかしそんなものに引きずられて、同じように自分のなかに持っている善意や優しさ、仲間意識などのような「良い」部分を忘れ、なくしてしまっては、人間とはいえず、本能だけで行動する畜生のようになってしまいます。
「人間なんてみんな同じだ! 立派なことをいい、いやしっかり信じていてさえ、金や権力に囚われると自分を高めようだとか仲間を大切にしようだなんて気持ちはどこかへすっ飛んでしまう」
そんな気持ちにさせられる現実と直面したとき、まず悔しさと憤りが胸の奥底からわき上がってきました。
ただ、少しするとそれがどうしようもないほどの虚しい気持ちに変わったのです。実際の話をすると、IMSグループが掲げている社訓のようなものは、どこの警備会社でも用意しています。
ただし、それを心の底から守ろうとして追求しているところは、おそらく私たち以外、皆無ではないでしょうか。私が警備業に足を踏み入れてから約20年が経ちました。その間に、人間が畜生に変わってしまうのを何度となく目の当たりにしてきたのです。
人間は成長し、成熟し、やがて年老いていきます。身体だけでなく、頭脳や判断力も衰えていくのは自然の摂理。ところが、それにあらがって、一度握った地位や収入はいつまでも自分だけのものにしておきたい、となってしまうことがあまりにも多いのです。
しかもそのためには、それまでの仲間や恩人たちさえ足蹴にするようなことも平気―それを

 

許しがたいと感じるのは、私だけではないはずです。ところが、少し考えてみると恐ろしいことに気づきます。株式会社IMSを設立する前、S警備会社に勤めていたころのことです。その会社ではまさに鬼畜としか表現できない所行がまかり通っていました。
そのため、義憤を抱いたメンバー(現株式会社IMSの創業者)たちは、S警備会社の取締役とともに“正義”という名の社名で再出発することにしたのです。
ところが“正義”の会社が順調に事業を拡大し、社業が成長するとともに社長(元S警備会社の取締役)の暴走が始まったのです。
まるで自分一人で会社を立ち上げ、すべての苦労を引き受けて、困難を解決してきたかのように、以前からの仲間を仲間とも思わないような言動をとるように変わってしまいました。
挙げ句の果てには、独裁的に社員の20倍もの役員報酬を取ったり、社員の悪口を内外で触れ回ったり、自分の意に沿わない人間を排除したり……気が付けば、S警備会社の社長と同じか、さらに悪い状況になってしまっていたのでした。ところが、誰もそれを止められません。
その一つの理由には、会社の株式のほとんどを社長が一人で握っていたこともありました。客観的にいえば会社は株主のもの、もし社長が株式を100%持っていれば、役員だろうと取締役だろうと最後は従わざるを得ません。
それが社会の仕組みなのです。この国の法律がそれを許しています。そこでさらに義憤を抱いたメンバーたちだけでまたもや再出発することを考えたのですが、そこで私は恐ろしくなりました。
「このままでは何度も同じことが起きてしまうのではないか? オレもきっと同じだ」、そう思ったのです。
現状の横暴を許せず、同じ志を持った人間を集めて新しい会社を立ち上げ、必死で働く―その結果、成功したらどうなるでしょう。

 

成功はすべて自分の功績―最初から全部引き受け、一番苦労して頑張った私が、なんでも自分のものにするのは当たり前だ。
そんなふうになってしまうことはあり得ないなどという保証は、どこにもないのです。
いや、周り以上になんに関してもどん欲で行動的な自分なら、きっとそうなるに違いありません。
自分がもっとも忌み嫌っていた「畜生」に、私自身が変わってしまう日が来る―そのことに気づいたとたんに鳥肌が立ちました。
“正義”社長のやり方や会社の状態が許せず、飛び出して独立するのは、それほど難しくないでしょう。
しかし、それが自分自身を畜生にするための準備になってしまうとしたら、どうしようもなく哀しすぎてやりきれなくなります。


IMSグループ第一幕のスタート

篠田 龍希

「畜生にならないためにはどうすればいいか」、一番簡単できれいな方法は自分自身を強く律していくことです。
しかし、私にはとうていその自信はありません。
では次善の策として、畜生になりたいと思っても絶対それが不可能な仕組みをつくればいい、その方法は? そう思いついて、これなら間違いないと考えられる形を見つけだすまでに、“正義”という名の会社を辞めてから半年もの時間が必要でした。
結果をいえば、そのアイディアが現実の姿になったのがIMSグループなのです。
会社の所有者が株主だと決まっているのであれば、主要メンバー全員が同じ割合の株主になればいいわけです。
また通常、社長は代表取締役となって会社で一番の力を持ちますが、実際の身分は取締役会の一員にすぎません。
つまり、本来、取締役会の方が社長より偉いのです。均等株主の全員が取締役になって責任を分けあえば、いくら代表取締役であっても暴走することは不可能になります。
さらに、株主である主要メンバーの自己実現と個々の人間力強化、つまり人格と能力を高めていくためには、孤独で独自に責任を担うことが欠かせません。そこでそれぞれが順次、分社化しその最高責任者となっていくことで、目的を達成していくこととしました。
ただし、こうして生まれたすべての会社は、最終的にはIMSグループの子会社です。株式会社IMSがグループの要になって人財を育て、私たちがこうあるべきだと考える警備業を広げていこう、当たり前のものにしていこうという話になったのです。
そんな考え方に同意した6人の仲間が、平成19年11月に設立総会に集まり、株式会社IMSを立ち上げました。
満場一致で代表取締役に推挙されそれを引き受けた私は、その場で、以前から考えていた二つの誓いを宣言することになります。
「10年後に必ず年商10億達成!」
「10年後に必ず後進に道を譲る!」
こうしてIMSグループの第一幕が開きました。


なぜ人間力を高め、仲間を大切にするか

株式会社IMSの設立に参加した我々6人は、それぞれに警備業や経営のプロでした。
当然、私たちの事業が成功することに関して、私はなんの疑問も不安も感じませんでした。
ただし、コントロール不可能な資金ショートだけは、どれほど警戒しても、決して「しすぎる」ということはあり得ないものです。
いやしくも、経営者を名乗る以上、その点についてだけはさまざまなリスクを考慮したうえで、十二分に手当てしておかなければなりません。
善悪は別にして、私たちが生活している資本主義社会は、お金がなければ回らない仕組みになっています。そこで厄介なのが運転資金の問題です。
たとえば、どれだけ注意してキャッシュフロー管理を行い、事業環境についてのあらゆる想定をしていたとしても資金ショートを免れる方法などないと思っています。
可能なのは、その確率を下げることだけなのです。
仮にすべての可能性(顧客の倒産による貸倒損失や詐欺などによる損失、従業員の不正、コンプラ違反による損害などなど)を想定したうえで万全の対策と準備をしようとすれば、その時点でとんでもない莫大な資金が必要になります。
もしそんなことになれば、ベンチャーの起業はまったく持続不可能な状態になるのです。
つまりベンチャー起業は、否応なく資金ショートのリスクを抱えたまま経営を続けるしかない。
そのための必須要件は、資金ショートという恐怖に打ち勝つ「勇気」に他なりません。
不安を抱えたまま「臆病風」に吹かれているようでは、新規の営業もできませんし、まして業績の向上などまるで望めません。
ですから、起業は怖いものというのは当然のことなのです。綿密な将来設計もなく、安易に起業し闇雲に突っ走るような人間がいたとしたら、それは自分のなかの恐怖に打ち勝った結果ではなく、単に恐怖を知らない愚か者の所行にすぎないというべきでしょう。
また、もし万策尽きて資金がショートしてしまったとしたら、その場合にはどんな策もありません。できることといえば、せいぜい損害を最小限に食い止めることぐらいしかないでしょう。
通常は、資金ショートしてしまえば会社はそこで終わると考えるべきです。
もちろん、これは万策尽きての話です。たとえばIMSグループの場合、代表取締役に就任した時点で私は自分の手持ち資金はいざという場合の会社の運転資金にしようと決めていました。
ですから、表面上、IMSグループの資金がショートすることがあっても、それは想定範囲内の資金不足に過ぎず、そのときのための運転資金は他に準備してあったのです。
本当の資金ショートが起これば会社はお仕舞いになってしまうのですから、IMSグループがそうであったように、本来、資金ショートは想定範囲内でしか起こせません。そもそもショートなどというのは、今日明日突然起こるものではありません。
少なくとも数週間前から事前に予想できるはずです。つまり、対策のために割ける時間と手だてがあるのですから、必死でその努力をするのが経営者でなければなりません。
ただし、できればそのような事態に陥らないような準備をしておくことの方が重要なのは明らかです。肝心なことは、いついかなるときでも、常に資金調達の余力を確保しておくこと。
そのためには、日常の経費削減・自己資金管理、そして普段から人間関係・金融機関などとの関係を、良好に保っておかなければなりません。
そこでもっとも重要になるのが人間力です。
一番簡単そうに思え、しかしながら難しい例を挙げましょう。
代表取締役という役職にある以上、自分で決めたことはもちろん、約束したことは必ず守らなければならない、というものはどうでしょう。
結局、いざというとき助けとなるのは「自分」と「他人」との信頼と協力関係しかありません。そのためにも、どんなことがあっても約束を守る人間であるということは、素晴らしく大きな信用につながります。

経営者の役割の一つ

経営者にはさまざまな役割があります。人財教育、事業経営などはその最大のものというのは当然のこと。
とはいえ、それについてはグループの他の社長たちがさんざん話してくれるはずです。そこでもう一つ、事業を続けていくための必須要件である資金の課題について、別の視点からの話をまとめます。
起業した当初、どんな会社であっても金融機関からの資金借入には苦労するのが当然です。そこで、自己資金で事業を回しながら少しずつ信用を獲得していき、やがて晴れて銀行からの借り入れができるようになる、というのが普通でしょう。IMSグループも同じでした。
「なんだ、今日が実行日(銀行融資の着金日)じゃないか。なのになぜ融資資金が入金されない!」
それは株式会社IMSが最初の融資を受けたときのことです。
さんざん聞いていた融資実行日の15時、銀行の窓口が閉まる時間だというのに約束された融資金額の振り込みが確認できなかったのです。「約束」を違える。
それも日頃から「信用」を金科玉条のようにいいたてる金融機関が、そんなことをするなど果たして許されていいものでしょうか。
たまたま株式会IMSの場合、将来にわたる資本政策の一端としての融資依頼だったからよいようなものの、これがぎりぎりの運転資金手当でもあれば、それによって会社の息の根が止まるかもしれないほどの大事です。
金融の専門家である銀行なら、そんなことは百も承知のはず。私はすぐに先方の担当者に連絡を入れました。
「うかがっていた期日なのに、融資の実行が確認できませんよ。どうなっているのか、すぐに確認して教えてください」
「そうですか……おかしいですね。調べて折り返しご連絡します」
少ししてかかってきた電話の向こうで、その担当者は簡単にいってのけたのです。
「書類に印鑑漏れがありました。改めていただきにあがりますので……」
瞬間、私の血が沸騰しました。株式会社IMSができてまだ1年ほど、人間ができていなかったといわれればそれまでなのですが、口を出た言葉は、
「ふざけるな、そっちが書類を持ってったのは10日も前だぞ! 支店長でも誰でもすぐに連れてこい」
そういわれても電話の向こうは言を左右にして、決して自分の非を認めません。正直、馬鹿らしくなってこちらから電話を切りました。
もちろん、それから担当に同行して上司がとんできて一応は謝罪。しかし、結局は書類不備として融資実行は先に伸びてしまいます。そもそもこの最初の融資話は、スタートからケチがついていたのかもしれません。
数カ月前、株式会社IMSにやってきたみずほ銀行の担当者をみて、はっきりいって私はため息をつきました。一応はスーツ姿とはいえ一度もクリーニングに出したことのないようなへたった背広、しかもワイシャツにはいつのものか分からないような珈琲のシミがはっきりと印をつけています。
お客と会うときの礼儀とはそんなものでしょうか。もっとも彼が面談している相手のこちらはこちらで、黒いジャージ姿に坊主頭ですから、向こうも同じことを思ったのかもしれません。
ただ、おそらく彼は「ボロは着ててもこころは~」という歌など知らないのでしょう。
それでもまだ、自分たちがリスクを取って対応するプロパー融資なら許せる部分もあります。
ところが株式会社IMSが申請したのは信用保証協会付き融資、つまり銀行はただ仲介するだけで手数料をもらえるという仕事なのです。普通の感覚であれば、そんな金融機関にこだわることはありません。
日本の金融界を代表するというメガバンクでさえ、他に2行もあるのですから。ただし、このことでムクムクと悪戯ごころがわいてきた私は、こいつらをいつか必ずオレの足元にひれ伏させてやる! と決心したのでした。

起業9年目の大逆転、そして第二幕へ

金融関係というのは、外部に関してはけっこう秘密の多い業態ではないでしょうか。
融資の依頼をしても必要な書類等を指示されるだけで、結果は実施承認か非承認かの結論を知らされるだけ。たとえば承認がおりない場合、具体的な審査の現場でどのポイントについてなにが不足して、どのような理由でNGになったか、などという審査過程を教えてくれることはほとんどありません。
つまり、審査理由はノウハウなので公開しません、というわけです。ところがその手の情報なしでは、融資を受けたい会社の方は効率的に動こうにも動けません。フェアーじゃないというのが正直な感想です。
その後、IMSグループは他の金融機関ともいい付き合いをさせていただくようになり、現状の事業展開上では、とくに追加の融資を必要とする状況ではなくなりました。
ただし、今後、グループ目標である全国制覇に向けては、いつまでもそんなままではいかなくなるだろうことは自明です。
そこで、9年目に再びこの銀行に依頼し信用保証協会に融資申請を行ってみました。保証協会の融資枠は、原則、1社について最大8000万円までといわれます。
そこで、あえて最大の額までの資金融資を依頼してみたのです。当然のように、さまざまな資料の提出を求められました。
その上で問題点の指摘があり、各事項について具体的な改善計画を策定するようにと依頼されたのです(それまでにみずほ銀行の担当者と密接な関係を築いていたため、信用保証協会の審査過程を担当者経由で伝えてくれました)。
面倒なように思えるかもしれませんが、これは信用保証協会がどのような点を重視し、問題視するかが分かる絶好の機会になります。
企業経営者としてみれば、これほどチャンスになる経験はそれほどありません。私なりに全力で先方の要望に応えるものを創りあげ提出。
もちろん、その過程では9年前とはうって変わって、銀行の方でもこれほどまでと感心するほど真剣に、サポートやアドバイスをしてくれました。
その結果は……やはり融資見送り。
とはいえ、実際のところそれは当初から私が予想していたことだったのです。
なぜなら、今回の真の目的は、今後の事業拡大に不可欠となるより大きな融資を依頼するときのため、その申請を有利にできる金融機関の手の内を知ることにあったのでしたから。

 

ところが、そのあとに思ってもいなかったような事態が起こります。
なんと、銀行が「このまま諦めるわけにはいきません!」といいだしたのです。
IMSと保証協会の間を取り持ったのは銀行でしたから、当然、彼らはその間のやり取りや、行き交った書類の内容をすべて把握していました。
その結果、IMSグループ独自のビジネスモデルをようやく把握し、このビジネスの将来性を確信したのでしょう。
これまで、なんとなく良さそうな会社だがどうなっているのかがいま一つ分からないと、銀行は銀行なりに手探りでもどかしい思いをしていたIMSグループの全体像が彼らにとって明らかになったのです。
そこからは銀行の本領発揮。信用保証協会との細かい調整に、全力を傾けてくれたのだろうと想像できます。
なぜなら、しばらくして保証協会から融資実施の連絡が入ったのです。
一度、審査されて却下された融資依頼が、復活成立した瞬間でした。

 

その後、IMSグループすべての子会社が個別に信用保証協会の審査を受けることができるようになり、個別に融資が実行されるようになりました。
それまでIMSグループを一体のものと捉え、子会社別の審査をしていなかった信用保証協会が、その見方を改めたのでした。
前例のない融資が、やはり前例のない会社であるIMSグループに対して実施されたのです。
間違いなく、IMSグループ第二幕のスタートはこのときから始まりました。


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